幸セノカタチ
私の手をぎゅっと…強く強く握っている。 しかし、その手は震えており目には涙が絶え間なく存在していた。 「真央(まお)……俺、おれ……」 ガクンと彼の足から力が抜け膝が地に付く。 だけど手だけはしっかりと結ばれたまま。 「(とおる)…とおる……」 彼と目線を合わせ、空いている左腕で抱きしめながら優しく優しく名前を呼んでやる。 顔こそあげないままだが、彼は確かに真央……と呟いた。 今、ここに存在しているのは 彼と私の嗚咽の音と、涙と お互いを想い合っている 強い強い 愛。 「透……いいよ」 そう言葉を与えれば彼はゆっくりと顔をあげ涙を流したまま、それは幸せそうに笑ってくれた。 そんな彼の笑顔を見て私も微笑んだ。 やっと叶えてあげられる。 彼の願いを。 彼が願い続けた、13年越しの願いを……。 「でも、私も一緒だからね?」 そう告げれば、幸せそうな笑みは一瞬にして消え苦しそうな顔を見せた。 「な、で…何で……」 真央は駄目だ、真央は…と私の目をきっちりと捕えて首を横に振った。 「お、れ……俺が、俺が、奪っていい筈がないんだ……」 「透、落ち着いて」 「駄目だ……駄、目…俺にはそんな資格ない、んだ……  真央の命を、奪う資格なん、か」 産まれてきて18年の時を歩んで来た彼は、生を受け5年という短い期間で死を望んだ。 皆が彼を可愛がった。しかし、その意味は、彼を甘やかし愛を与えるものではなく ただの多欲処理玩具として可愛がられ続けたのだ。 その間、彼の心を支配していたのは、ただ…死にたいという願いだけ。 「透、違うよ…私が、決めた事だから」 「でも、…で、も」 彼と繋がれたままの温もりが、再び震え始めた。 その弱い弱い灯火を包むように私は再び抱き締めた。 「あのね、私…今すごい幸せなんだ」 彼はその言葉に反応は示さず、ただただ震えるばかりだった。 「透のおかげなんだ…こんな幸せを与えてくれるのは、透だけなんだよ…」 「     」 やっと返してくるた言葉は、小さくて聞こえなかった。 「とおる……?」 「ありがとう」 次はきちんと聞き取れた。 小さく呟かれたそれは、私の涙腺をいとも簡単に破壊した。 「ありがと、はこっちの台詞、なのに…」 2人して涙を流し、しかし、やわらかい笑みを浮かべた。 「透……透の命をくれて……ありがとう」 死を夢見ていた彼が今までそれを実行させなかったのは、死への恐怖があったから。 死ねば今より楽になれる、そう思っていたにも関わらず、自らの命を断ち切るにはとてつもない勇気と覚悟が必要だった。 その勇気と覚悟を身に付けるべく、彼は幾度も腕を切り付けた。 私と出逢い、愛してくれた。 けれど彼の願いは変わらず、傷は増えていくばかり。 それは、彼が本物の愛を感じていなかった訳ではなく ただ、愛し愛される事ではもう修復出来ない程の傷を負ってしまっていただけの事。 彼が私を愛している、という証拠…それが今の状況だ。 彼はようやく願いを叶えるのに必要な覚悟と勇気を手に入れた。 それならば、誰にも何も告げず逝けばいいものを彼はその勇気と覚悟を持って私の元に来てくれた。 「真央…お願いがあるんだけど」 彼の目に迷いはなく、ただ真っすぐに前を見ていた。 その時に分かった。 今日で最後かな、と。 「俺…死にたいんだ」 そう言ってのけた彼の瞳から、綺麗な涙が流れた。 変わらず前を見つめたまま、私の手を取り頬に筋を作る。 「透、覚えてる?」 彼の要望への答えは、すぐには与えなかった。 それはその答えに迷っていた訳でなく、その答えが決まっていたから。 そろそろだとは、感じていた。 彼が生という名の鎖から解き放されるのは。 だから、私も覚悟は出来ていた。 彼が望んだ世界に行った時は、私も逝こうと決めていたから。 でも、この展開は考えてなかったんだ。 まさか彼が、私に願いの答えを委ねてくるなんて……。 やっと叶えられる夢を、自らの命の終焉を 私に託すなんて……。 彼が私に夢を託した瞬間、人ってこんなにまで幸せを感じられるんだという程の幸福と喜びを感じた。 彼がどれほど自分を愛してくれているかを感じた。 そんな彼の願いに首を横に振るはずがない。 だから、私は一つ一つ、二人の出逢いから今までを思い出させた。 今日が、私と彼の終わり。 私は彼の心に私との思い出を刻ませて、幸せだった事を刻ませて終わりを迎えさせてあげたかった。 そして、今。 私たちは互いを抱きしめ愛を感じ合った。 「あのさ、真央…最後の、頼み……いい?」 「いいよ、……何?」 「俺に……真央を殺させて」 抱きしめ合っているままでの会話だったので、相手の顔は見えなかったけど彼はぎゅっと腕に力を籠めた。 「うん…う、ん」 その言葉は私に喜びを運んだ。 大好きな彼が、私を終わらせてくれる。 その喜びだけが私を包んだ。 「じゃあさ…私もい、い?」 互いを見やるために、腕を離し体を少し引き離す。 「当たり前」 そこにあったのは、そう言い幸せそうに笑う彼の表情。 2人は立ち上がりキッチンに向かった。 しっかりと手は繋がれたまま。 空いた手で私たちの終わりを決めるそれを手にしてリビングに戻った。 静かに向かい合う形で床に座り、先ほど取ってきたナイフを床に置く。 どちらからでもなく、2人は双方に包まれ涙を流す。 どれほどそうして居たかは分からないけど、私にはそれが今まで生きてきた年月よりも重みのある、長いながい時に感じた。 「透…?」 「ん?」 2人は体を離し顔を近付ける。 「ありがとう」 私を愛してくれて…… 喜びを幸せをくれて…… あなたの命をくれて…… 産まれてきてくれて…… ありがとう。 私の言葉への返事を、彼は、今まで見てきた中で一番のとても綺麗な涙と笑顔で返してくれた。 静けさが私たちを包み、2人は何の合図もなしに目を瞑り 優しく、温かいキスをした。 唇が離れると、そこに言葉はないにも関わらず互いの手には恍惚に輝くものが有り………… それを、上方に構えた。 あれから数日が経ち、2人の部屋の鍵が開かれ、管理人と私たちの友が入って来た。 「真央……! 透……!!」 「え……う、そ……」 しかし、そこにあったのは、大量の血液のみだった……。 管理人がすぐに警察に連絡をし、血液鑑定でその血液が2人のものだと確証された。 警察曰く、この血液量では生きてはいないだろうと判定。 しかし、部屋は密室でこの部屋の鍵は管理人と住居者の2人の3人が持っており、後2人の鍵は部屋の中で確認された。 管理人には確実なアリバイがあり管理人が鍵を開けるのも不可能だった。 一体、2人はどこに…… 警察の中でも2人の捜索はされているが、いくら捜しても見付からず捜索は打ち切りとなった。 「真央……」 「ん、何? 透」 誰にも分からない2人の結末…… それはきっと…… 「     」 囁かれた言葉は風となって空を飛んでいった。 End
write 10/03/28