最幸の鐘の音
「あんたらに何が分かんの!!」
一喝し私は家を、否、牢獄を飛び出した。
あそこは私を縛りつけるだけの牢獄。
食事と自由は確かに与えて貰ってたし、お金なんかいらないってくらい貰っていた。
だけど私は縛られていたんだ。
両親からの異常な期待という苦しみの鎖で、心をずっと縛られ続けてきた。
「
理音、」
「……ひぃ、もうヤ」
あんな所、居たくない。
そう彼に告げると彼は優しい温もりのある掌で私の濡れた頬を包んだ。
「理音にとって、家はなに?」
頬を挟まれていて上手く言葉には出来ない。
「……ろーごふ」
しかし彼は私の言った「ろーごふ」を解釈してくれた。
まぁ、いつもそう言ってるから予想出来たのかもだけど。
彼は温もりを頬から離さないまま、私の瞳に口づけを落とした。
「牢獄…だけど、天国でもあるんじゃないの?」
なんで彼はこうも私のことを理解してくれてるんだろう。
私は強く強く彼を抱きしめた。
冷えた頬と唇にひぃの温もりが充満して私は再び涙を流した。
私は家に、親に期待ばっかりかけられて……
そのプレッシャーに耐えきれずに心を縛られてしまった。
けど、それとは反対に親がまだ私を見捨てていないんだって事実に安心して喜びを感じていた。
ほんと。
まさに彼の言うとおり、
家は牢獄であり、天国だった。
「ほら、帰ろっか?」
いつもそう、私は彼に救って貰ってばかりだ。
だけど今はまだ、私は子供だから…
まだひぃに、甘えてたいから……
今はまだ、あなたに着いていくだけの私を許して下さい。
「理音…っ、どこ行ってたの……!!」
「心配したんだぞ…!」
家に帰ると、そこは天国だった。
両親二人に優しく抱きしめられ、親子三人で涙まみれになった。
そんな私たちを見てひぃは幸せそうに笑っていた。
その夜は両親と私とひぃで存分に話し合った。
きっと、もう、この家が牢獄になることはないと思う。
「いつか、私もひぃの役に立つから!」
「いきなりどーしたよ」
存分に話し合った後のベッドの中で、私は宣言した。
そんな私にお得意のほっぺ包みの攻撃をされた私はふふ、と笑いひぃの唇に今日貰った温もりのお礼をした。
「お礼、ちゃんとしたからねー♪」
「ほんと、何なんだよお前」
呆れたように、でも優しく笑う私の恋人。
ありがとう。
いつも傍に居てくれて。
今まで……傍に居てくれて。
私はもう、大丈夫だから。
安心して笑っていて下さい。
あなたに、
久喜に貰った温もりがあるから私はもう牢獄に帰る事はないよ。
でも、たった一つ、私は悔んでる事があるんだ。
それは、約束を果たせなかったこと。
「役に立つって約束、果たせなかったや」
甘えてばっかりで、我儘ばっかりでごめんね。
全然彼女らしいこと出来なくてごめんね。
自慢できる彼女になれなくてごめんね。
それでも、ひぃが私を愛していてくれたことは事実だったと思うから、私はこれからずっと幸せでいるよ。
だってひぃ、私が笑ってたら嬉しそうだったもん。
ただの自惚れかもしれないけどね。
でも、私に出来ることっていったらそれくらいだから。
「理音ちゃん、行きましょうか?」
「うん!」
だから私は笑い続ける。
あ、でも、別に無理に笑ってるわけじゃないからね?
ひぃに愛されてた事実が、私に笑顔をくれるんだからね?
「ひぃ、だーいすき!!」
私はまるでそこにひぃが居るかのように大きな声で叫んだ。
後ろに居たひぃママも驚いてた。
チラチラと居たその他の参拝者の人たちも驚いてたけど、これが私だと思わない?
「ふふ、じゃ、帰りましょ」
私は車に乗り、ひぃの眠っている綺麗なお墓をもう一度見て微笑みかけた。
「また来年くるからね」
そう言い終わると同時に車は発進した。
幸せだったあの日、ひぃを失ったことを聞いた時は本当に立ち直れなかったけど、ひぃは私の幸せを願ってるんだろうなって思ったら自然と笑えてたんだ。
ほんと、ひぃは最後まで私を幸せにしてくれた。
ずっと幸せでいるから、ひぃも早く生まれ変わって幸せになってね?
生まれ変わったひぃと出会えるの楽しみにしてるからさ!
「次は、俺がお前に甘えてやるから」
そんな声が聞こえたと同時に私は一つの鼓動を感じた。
なんだろう。
最幸の鐘の音が聞こえた気がした。
End
write 10/03/13
edit 10/11/22