今日もまた君は呼ぶ
「あのとき、楽しかったね!」 「あのとき……?」 「うん、あのとき! 二人で、遠くの遊園地行ったとき!」 君は輝かしい笑みを放ち僕との思い出を語る。 僕はそれを思い出したかのように頷き、楽しかったね、と君の頭を撫でる。 「また行こうね?」 キョトンとした表情で首をかしげる君に、僕はまた頷き君を撫でた。 君は満足したようで、僕の体温を頭で受けながら目を細めた。 遠くの遊園地―― それはどこのことなんだろうか―― 上手い具合に君から聞き出さなきゃな…… なんて思い、君に眠りにつくよう促す。 君は手を拡げ、潤んだ瞳で僕に訴える。 僕はその訴えの内容を理解し、君を優しく優しく抱き締めてやる。 「ぎゅっ、好き」 「僕も好きだよ」 すると、ちゅっ。 小さなリップ音が響き君は可愛く笑った。 「おやすみのキス?」 「おやすみのちゅっ!」 そして僕も君に一つキスを施し、君を枕につかせ布団をかけた。 「おやすみ、綾人(あやと)」 そう告げると綾人は目を瞑り眠りについた。 僕は静かに綾人の部屋から出てリビングにあるソファーに座る。 そして今にも綾人を犯してしまいたい気持ちを落ち着ける。 だって僕は、君に愛されたいんだから。 僕の記憶と綾人の記憶。 その双方にある互いの共通の記憶。 だが、僕らの場合、その共通の記憶に違いがある。 先ほどの記憶もそう。 綾人は僕と遠くの遊園地に行ったらしいけど、僕の記憶にそれはない。 僕らの間には、そんな記憶の食い違いがたくさんある。 ただ、僕はそれでも綾人の記憶に合わせて笑顔で綾人に接する。 すると綾人も僕に笑いかけて、可愛い声で僕との楽しかった記憶を語るんだ。 幸せな空間。でも、それは偽り。 綾人は忘れてしまった。 僕との出会いを、忘れてしまった。 でも、もしそれを綾人が思い出してしまったら……きっと君は困惑し、混乱し、絶望する。 だって僕は、君を誘拐した犯人なんだから。 君はいつも隣に可愛らしい女の子を連れて歩いていた。 二人はいつも笑顔で、時々優しくキスをしあったり……とてもお似合いの恋人同士だった。 「昨日の遊園地は楽しかったね」 「うん、また一緒に行こうね?」 「綾人大好きー!」 「ふふ、俺も直緒(なお)が大好き」 君は狂ってしまったんだ。 僕が君を捕えて幾日か経ったとき、君は確かに僕に言った。 「直緒、愛してるよ」 僕は君を優しく優しく抱き締めた。 「僕も愛してるよ、綾人」 それから何年経っただろう。 君は僕にたくさんの笑顔をくれるようになった。 君は僕にたくさんの愛情をくれるようになった。 そしてまた今日も君は呼ぶ。 「直緒、おはよう」 そしてまた今日も僕は応える。 「うん、おはよう綾人」 僕らはこれからも笑い続けるんだ。 二人きりで、これからもずっと。 「綾人?」 「んー?」 「遊園地……楽しみだね」 君は可愛く、僕に笑った。 「うん、楽しみ!」 End
write 10/11/21