窓から顔を出して、歌を唄う彼女の声を静かに聞いていると、それは途切れた。 僕は途切れた声の主を見ると、彼女は空を見つめていた。 「ほしに、なりたい」 僕も、彼女の傍に寄り、彼女と一緒に綺麗に輝く光を眺めた。 叶 え 星 美琴(みこと)は、空に向けていた目線を横にずらし、僕にニッコリと微笑んだ。 空でたくさんの輝きが瞬く中、優雅に笑む美琴は本当に美しかった。 「ほしに、なりたいな」 先ほどと同じ台詞を告げると、その唇は僕のそれと重なった。 いきなりの事に、僕は情けなくも固まってしまった。 「真琴(まこと)ちゃん、おかしな顔になってるよ」 面白いなぁ、本当。 可愛い笑顔で呟いたその言葉は、白い吐息と共に空を切った。 僕はキスの仕返しにと、細く華奢な美琴の体を強く強く抱きしめた。 わっ! と驚いた声を出した美琴に、僕は少し嬉しくなり、抱きしめた腕の力は弱めないままで美琴の体温を感じた。 「あったかい……?」 少し震えた声で尋ねた美琴に、はっきりと頷いてやる。 美琴はそんな僕を抱きしめ返し、よかったと笑った。 美琴は、僕の大事な大事な双子の妹だ。 そして、大事な大事な僕の恋人。 社会的には許されない、兄妹同士の恋愛。 けれど、だからと云って好きな気持ちを制御できるほど僕らは大人ではなかった。 僕らは若さからか、自らの心を満たしたいばかりに二人の愛を育み続けた。 友達にも、親にも、知られないまま僕たちは互いを愛し続けた。 僕らが禁忌を犯してから三年が経ったとき、僕は現実から目を背けた。 「残念ながら、美琴さんは長くて後三ヶ月の命でしょう」 白髪交じりの医師の言葉を、なかなか理解できなかった。 母は泣き、父は母の肩を抱き下を俯いていた。 そんな中、僕は一人笑っていた。 美琴との幸せな記憶を思い出しながら、ただ笑った。 それからの美琴は、学校に行くことはなく病院での闘病生活が始まった。 残り少ない命、その真実は告げてはいないがそれを察したのか、美琴は母と父に言った。 「私、最後まで諦めたくない。だから、頑張りたい」 美琴は自らの意志で、一秒でも長くこの世に留まるために病気と闘うことを選んだ。 僕はそんな美琴を見ても、いまだに理解ができなかった。 美琴が後三ヶ月でいなくなってしまう。 愛しい僕の大切な恋人が、僕の傍からいなくなってしまう現実を。 闘病生活を初めて一月(ひとつき)が経ったとき、僕は美琴に病院の庭園を散歩しようと誘われた。 僕は一つ返事で返し、美琴の乗った車いすを押して、外の空気を吸った。 そのときも、まだ美琴が死んでしまう未来を受け入れられていなかった僕は、美琴に終始笑顔で接した。 美琴は僕の傍からいなくなるはずがない、いなくなるはずがないんだ。 そう、暗示をかけるかのように毎日毎日同じ言葉を頭の中で繰り返した。 「真琴ちゃん、抱いて」 急なことに、僕は言葉を返すことはなく美琴に目線を向けるだけだった。 「明日、真琴ちゃん学校休みでしょ? だから、今日病院にお泊まりして私を抱いてよ」 可愛い声で、にこやかに言った美琴が妙に大人びて見えた。 僕は普段見ない美琴に内心驚きながらも、冷静に答えた。 「急にどうしたの? 欲求不満ってやつ?」 冗談混じりに答えた僕に、美琴は車いすから腰を浮かせ僕の唇を塞いだ。 「私、真琴ちゃんを感じて死にたいの」 僕は、心臓がドクンと大きく波打ったのが分かった。 美琴の唇を感じた僕のそれを指で撫でながら、僕は美琴を見た。 美琴は今までで一番綺麗な笑顔を浮かべて、僕を見ていた。 僕はとても自分が恥ずかしくなった。 死に直面している美琴が一番つらいはずなのに、そんな美琴を支えてあげなければならないはずの僕が美琴の死から目を反らしていた。 美琴は自分の未来をきちんと理解して闘っていたのに、僕はその現実から逃げていた。 「だから……お願い。私を…まだ元気な私を、精一杯愛して」 僕は、美琴の言葉に現実から逃げることを止めた。 笑顔の中に零れた涙を拭ってやり、僕は美琴にうん、と伝えた。 気付けば僕も、涙を流して笑っていた。 僕が病院に泊ることが決まり、父と母は帰り、病院内は消灯時間になった。 消灯してから、何分か経って看護師さんが様子を見に来た。 そして、看護師さんが部屋から出て行ったのを確認すると美琴が言った。 「今から二時間は身回りに来ないから、大丈夫だよ」 僕はその言葉を聞き、静かに美琴の布団に入っていった。 可愛い美琴の頬は、少し赤く染まっており、僕は理性を失いそうになるのを必死に我慢した。 そして、僕は精一杯に美琴を愛した。 美琴も一生懸命それに応えてくれた。 すべてが終わって美琴は幸せそうに眠りに着いた。 僕はそんな美琴に優しいキスを贈った。 静かな寝息をたてて眠る美琴を、窓から差す月の光が照らしていた。 次の日から、僕は美琴を連れて毎日散歩に出た。 美琴とはたくさん話をした。 たくさんたくさん、話をして、笑いあったり、時には怒らせたりもしたけど本当に幸せな日々を送った。 美琴の頑張りのおかげか、医師が告げた美琴の余命から時は、すでに三日過ぎていた。 そんな三日目の昼、美琴は僕の手を取り言った。 「きれいな、夜空がみたい」 急激に体調が悪くなった美琴は、今では顔色も青白く、点滴を受け、酸素マスクをしてベッドに横になっている状態だった。 そんな状態で、外に出るのは危険だということは、医師でない僕にも予想できた。 それでも僕は、大切な美琴のために何とかしてやりたかった。 だって僕は美琴の兄であり、恋人なのだから。 いつも美琴に救われるばかりで、美琴のために何かをしてやったことは少なかった。 僕は美琴の酸素マスクを外し一つ、小さなキスをした。 「今日は晴れが続くみたいだし、綺麗な夜空が見れるはずだよ」 その言葉を理解したのか、美琴は可愛く微笑んだ。 僕はそっと酸素マスクを戻し、美琴と繋がれたままの手を握り返した。 そして僕らの計画は、誰にも知られずに決行された。 今日も病院への泊りを許可された僕は、美琴の点滴と、酸素マスクを外し、美琴を背中におぶって病室を抜け出した。 美琴は少しつらそうだったが、楽しそうにクスクス笑っていた。 僕もその笑い声に釣られて笑ってしまった。 しかし、どこからなら誰にも見つからずに外に出れるだろうかと思っていると、背中の美琴が言った。 「庭園、にいくドアが開いてるから、そこにいって?」 どうして開いていることを知っているのか疑問だったが、僕は美琴の言葉に従いそこへと向かった。 運がいいことに、僕たちは誰にも見つからずに無事、外に出ることができた。 外に出て、中の人からは見つからないように死角になるような場所に行き、僕は美琴を降ろした。 美琴はありがとう、と小さく言うとその場に座り、空を見上げた。 すると美琴は小さく可愛らしい声で、歌を唄い出した。 曲名は「きらきら星」だった。 僕は、その歌を聴きながら美琴と同じように空を見つめた。 美琴は煌めく星たちを眺め、気持ち良さそうに歌い続けていた。 しかし、少しするとそれは止まり、僕は美琴に顔を向けた。 「ほしに、なりたい」 美琴の言葉に、星? と答えると、うん、ほし、と言葉が返ってきた。 「私ね、ほしになって、真琴ちゃんのねがい叶えてあげるんだ」 涙を流しながら、美琴は夜空を見つめたまま、告げた。 「真琴ちゃんが本当に叶えたい願いを唱えたときに、私が流れ星になって真琴ちゃんの願いを叶えてあげるの」 だって私は、真琴ちゃんが大好きだから。 美琴は僕に顔を向けないまま、震える声でそう言った。 その声が涙のせいで震えていることは、涙を確認せずとも分かった。 僕は美琴をそっと抱きしめ、少し激しい口づけを落とした。 僕が病院で美琴を愛した日のように、綺麗な月の光が僕らを照らしていた。 「真琴ちゃん、だから…ねがいごとがあるときは、夜空をみてね」 「美琴……愛してるよ。世界一愛してるよ、美琴」 「わたしが、ねがい、叶えてあげるから……ね」 愛してくれて、ありがとう。 真琴ちゃんと、双子にうまれて…よかった。 しあわせなひびを、ありがとう。 次の日、美琴は静かに息を引き取った。 親や医師は、昨晩僕らが外に出ていたことを知っても何も言わなかった。 ただ、両親は穏やかな顔で僕を抱きしめた。 そして、母が口を開き、僕に告げた。 「美琴がね、全部話してくれたの。  真琴を愛していること、真琴が愛してくれていること。  最後に真琴と、二人で夜空が見たいから、行かせて欲しいって」 父も、医師も、美琴と仲の良かった看護師も皆がそれを知っていた。 昨晩庭園へのドアが開いていたのも、看護師さんに見つからずに外に出られたのも運がよかったからではなかった。 全て、美琴を大切に想っている者たちの仕業だったのだ。 僕は、まだ温もりが残っている美琴の頬を撫でた。 「美琴ね、本当に幸せそうでね……  真琴がいてくれて、本当によかった」 ありがとう、真琴。 母の言葉に、僕の涙は溢れだした。 僕はもう動かない美琴の手を握り、キスをした。 皆が見ているなんて関係なかった。 兄妹同士だなんて関係なかった。 だって僕たちは…… 「僕を愛してくれて、ありがとう」 愛で結ばれた恋人同士なんだから。 美琴が去って、十年が経った。 僕は今、美琴と一緒に夜空を見た庭園の椅子に座っている。 僕はあれから、医療系の仕事に着くために一生懸命勉強して美琴が最期を迎えたここで、看護師をやっている。 苦労はもちろんあって大変だけど、自分で選んだ職業だし、なにより遣り甲斐がある。 そして、ここまで頑張ってこれたのも美琴のおかげ。 美琴が夜空にいると思うだけで、どんな苦労も吹っ飛んでしまう。 「まことお兄ちゃんだー! こっちで一緒にお散歩しよ!」 そんな僕も、今では子供にも好かれる看護師になっている。 最近は、もうミスもしなくなったし、立派に看護師を務められるようになってきたと思っている。 まぁ、まだまだ未熟者なのは確かだけど。 「お兄ちゃん、早くきてよー!」 「はいはい、今行くよ」 美琴、僕はまだ願い事を見つけられていないままなんだ。だから、今は綺麗な輝きを放つ星として僕を見守ってて。 でも、僕が本当に叶えて欲しい願いができたときは……夜空に手を合わせるから。 美琴が僕を愛してくれたように、僕も美琴を頼ることで愛を返すよ。 それが、僕が美琴にできる最後のことだからね。 「今日も、綺麗な星が見れるといいな」 End
write 10/12/05