伝えたい言葉
「あー……もう!! これじゃ駄目だ」
右腕で両目を覆い、溜め息をついた。
一息入れようと、目の前にある少し冷めたコーヒーを飲む。
明日までが締切ってのに、思う通りの表現が浮かんでこない事に腹がたって仕方がない。
「
小夜、少し休憩したら? 肩くらい揉むからさ」
「うん……、お願い」
後ろから聞こえた声の方を振り向くと、そこにはいつも自分を支えてくれている
景の姿。
実際、小説家という職に付いて成功したのは上手に肩を揉んでくれている夫のおかげ。
「締切間近になると、さすがに凝ってますねー」
「まぁね、ずっとパソコンの前に居ると目も疲れるし……はぁ」
今までの苦労を思い出し、再び溜め息をつく。
そうすると、肩からの温もりは消え、頭の上にそれは移動した。
「頭撫でるの好きだねー」
「小夜限定、だけどな」
降って来た笑みと未だに消えない頭上の温もりを感じながら、あ、そうと冷たく返事を返す。
でも、それはただの照れ隠しな訳で。
景はそれを分かってか、頭を撫でる事を止めない。
ふと、景の顔を見上げると優しく微笑んでいたくらいだ。
「景って生粋のMだよね」
え、何で!? と慌て私の顔を覗き込んで来た。
その瞬間、頭上の温もりは消え、少し寂しさを感じた。
でも、今の景とのやり取りで確実に気分は晴れた。
今ならいける、そう思ったので目の前の景の顔を横に退けパソコンを覗いた。
「あ、何かキタ?」
「ん」
大好きな彼の声が届いたけど、パソコンを覗いた瞬間から自分の心は小説中の人物のものになるので軽く答える事しか出来なかった。
今の自分は、残り数日で命絶えてしまう彼に今、何を伝えるべきなのかが分からずに悩んでいる少女。
彼に伝えきれていない言葉達が頭の中をこだまする。
こんな事なら、日頃から気持ちを全て言葉にしておけばよかったと後悔の念ばかりが浮かぶ。
しかし、そんな事はもうどうしようもない事で
その事実が私の心を壊していく。
私が一番伝えたい言葉……
私は、何を伝えなければならない?
愛してる
幸せだったよ
そんな愛を囁く言葉なんかじゃ、ない……
私は 彼に
何を 伝えた い ?
私は彼女の心理状況のまま目を瞑り、すぐそこにある答えを探りだした。
もう少し もう少し……
少女が…
私が、愛する人に贈りたい言葉とは…………
“俺な…お前には、俺が拭えない所で悲しい涙は流してほしくないんだ”
白い箱のベッドの上で少年は少女に告げる。
“小夜の流す苦の涙は…俺の前だけな?”
愛するあなたがくれた私への言葉。
それらの言葉を思い出して、少女も私も笑顔をこぼした。
そして涙を流す……
この涙は、最愛の人が逝ってしまう悲しみが溢れたものではなく
最愛の人が、私を愛してくれた喜びが溢れたもの。
さぁ、伝えに行こう。
少年の元……
愛するあなたの元に……
最高の笑顔を添えて…………
「ありがとう」
文章はそこで終わり、私は大好きな彼を見て普段はしないような行動に出た。
「さ、よ…? どーした?」
いきなり背後から抱き付かれた彼は、少し驚きながらも私の頭を撫でる。
温かいな……
そんな景の温もりを感じ口を開いた。
出てきた言葉はもちろん
「ありがとう」
そう告げると、嬉しそうに笑みをくれた。
私は少し恥ずかしくなり、すぐに景から体を離すけど頭上の温もりは途絶えない。
「俺からも、ありがと」
こんな温もりをくれる旦那がいてくれて、私は幸せです。
End
write 10/03/01